良寛の名言15選|「災難に逢う時節には」の意味と辞世の句・和歌、一休さんとの違いも

「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候」。
大きな地震で子どもを亡くした友人に、こう書き送った禅僧がいます。江戸時代の後半、越後(いまの新潟県)で暮らした良寛(りょうかん)です。
お寺を持たず、小さな草庵でその日の食べ物を托鉢でいただき、村の子どもたちと日が暮れるまで手毬をついて遊んだ――。そんな飾らない生き方から、良寛はいまも「良寛さん」と親しみをこめて呼ばれています。
この記事では、良寛の名言・和歌・俳句を15個選び、意味と背景をわかりやすく紹介します。
- 良寛とはどんな人か、なぜ有名なのか
- 「災難に逢う時節には」の本当の意味
- 辞世の句として伝わる言葉
- 子どもや自然を詠んだ和歌・俳句
- 自分をいましめた「戒語」と、大切にした「愛語」
- 一休さんとの違い
良寛とはどんな人?
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 良寛(号は大愚/だいぐ)。幼名は栄蔵 |
| 生没年 | 1758年(宝暦8年)〜1831年(天保2年) |
| 出身 | 越後国出雲崎(いまの新潟県三島郡出雲崎町) |
| 家 | 名主の家「橘屋(たちばなや)」の長男 |
| 宗派 | 曹洞宗の禅僧 |
| 修行 | 備中玉島(いまの岡山県倉敷市)の円通寺で、国仙和尚のもとで十数年修行 |
| 暮らし | 故郷に戻り、国上山の「五合庵」などの草庵で托鉢をしながら暮らす |
| 作品 | 和歌・漢詩・俳句・書。弟子の貞心尼がまとめた歌集『蓮の露(はちすのつゆ)』など |
名主の跡取りから、何も持たない僧へ
良寛は、出雲崎で名主をつとめる裕福な家の長男として生まれました。本来なら家を継ぐ立場でしたが、18歳のころ(22歳とする説もあります)に出家します。その後、岡山の円通寺で国仙和尚に学び、修行を終えたことを認められました。
ところが良寛は、どこかのお寺の住職になる道を選びませんでした。各地を旅したあと故郷の越後に戻り、山の中の小さな草庵に住んで、托鉢で暮らしを立てます。お金も地位も持たず、晩年まで質素な暮らしを続けました。
良寛はなぜ有名なの?
良寛が今も愛されている理由は、大きく3つあります。
- 子どもと遊ぶ、やさしいお坊さん:村の子どもたちと手毬やかくれんぼをして遊んだ話がたくさん残っています。
- 書が美しい:細くのびやかな良寛の書は、江戸時代の書の名品として高く評価されています。
- 和歌・漢詩がしみる:自然や暮らし、人とのつながりを、むずかしい言葉を使わずに詠みました。
晩年には、若い尼僧の貞心尼(ていしんに)と歌をやりとりし、亡くなるまで交流が続きました。1831年(天保2年)の1月6日、良寛は島崎(いまの新潟県長岡市)で、数え年74歳の生涯を閉じます。
良寛の名言・言葉(生き方・心の持ち方)
1. 災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。是はこれ災難をのがるる妙法にて候。
意味:災難にあうときは、災難にあえばよい。死ぬときが来たら、死ねばよい。それこそが災難からのがれる、いちばんの方法です。
1828年(文政11年)、越後で大きな地震(三条地震)が起き、多くの人が亡くなりました。良寛は、この地震で子どもを亡くした友人の山田杜皐(とこう)に見舞いの手紙を送り、その中にこの言葉を書いています。
一見つめたく聞こえますが、「起きてしまったことを、なかったことにしようともがくほど苦しくなる。まず事実をそのまま受け止めることが、心が救われる道だ」という禅の教えです。手紙の前半では、良寛自身が無事だったことを伝え、友人の家族を心から気づかっています。つらい現実を一緒に受け止めようとする、良寛なりのやさしさだったのでしょう。
2. 生涯身を立つるに懶く、騰々天真に任す
生涯懶立身 騰々任天真
(生涯 身を立つるに懶(ものう)く 騰々(とうとう)天真に任す)
意味:一生、出世しようという気にはなれなかった。ただ、ゆったりと自然のままに身をまかせている。
良寛の代表的な漢詩の書き出しです。このあとに「袋の中には米が三升、炉ばたには薪がひと束。迷いだ悟りだと誰が問うだろう、名誉や利益のちりなど知ったことではない。夜の雨が降る草庵の中で、両足をのんびりのばしている」と続きます。
何も持たないのに、心は満ちている。良寛の生き方がいちばんよく表れた詩です。
3. 焚くほどは風がもてくる落ち葉かな
焚くほどは 風がもてくる 落ち葉かな
意味:たき火に使うくらいの落ち葉なら、風がちゃんと運んできてくれる。
長岡藩の殿さまが、良寛を城下のお寺に迎えたいと五合庵を訪ねたとき、良寛はこの句を書いて断ったと伝えられています。「必要なものは自然が届けてくれるので、これ以上は何もいりません」という気持ちです。
「もっと、もっと」と求め続けるより、今あるもので足りていると気づくこと。現代の私たちにも響く一句です。
4. 盗人に取り残されし窓の月
盗人に 取り残されし 窓の月
意味:泥棒が何もかも持っていったけれど、窓の月だけは盗まれずに残っている。
五合庵に泥棒が入ったときの句と伝えられています。もともと盗るものなどほとんどない草庵です。それでも良寛は怒るどころか、窓から見える美しい月を見て「これだけは誰にも盗れない」と詠みました。
本当に大切なものは、奪われることがない。そんな心のゆとりが伝わってきます。
5. 天上大風
天上大風(てんじょうたいふう)
意味:空の上には、大きな風が吹いている。
子どもに「凧に字を書いて」と頼まれて、良寛が書いたと伝わる言葉です。「空の上では大きな風が吹いているから、凧はきっと高く上がるよ」という、子どもへのやさしい応援でした。
いまでは「自分の力ではどうにもならない大きな流れがある。小さなことにとらわれず、ゆったり構えよう」という意味でも親しまれ、良寛の書の中でも特に人気の作品です。
6. 世の中にまじらぬとにはあらねども ひとり遊びぞ我はまされる
世の中に まじらぬとには あらねども ひとり遊びぞ 我はまされる
意味:世の中の人と付き合わないわけではないけれど、私はひとりで遊んでいるほうが性に合っている。
人づきあいが苦手な人、ひとりの時間が好きな人をほっとさせてくれる歌です。良寛は人を避けていたわけではなく、村人や子どもたちとはよく交流していました。そのうえで「ひとりの時間も大事にしていい」と、自分らしさを素直に認めています。
子どもと自然を詠んだ良寛の和歌・俳句
7. 霞立つ永き春日を子供らと 手毬つきつつこの日暮らしつ
霞立つ 永き春日を 子供らと 手毬つきつつ この日暮らしつ
意味:かすみがかかった長い春の一日を、子どもたちと手毬をつきながら過ごした。
良寛といえば手毬、と言われるほど有名な歌です。良寛はいつも袖に手毬を入れていて、托鉢の途中でも子どもに呼ばれると一緒に遊んだと伝えられています。
8. この里に手毬つきつつ子供らと 遊ぶ春日は暮れずともよし
この里に 手毬つきつつ 子供らと 遊ぶ春日は 暮れずともよし
意味:この村で子どもたちと手毬をついて遊ぶ春の日は、いつまでも暮れなくてかまわない。
「この時間がずっと続けばいいのに」という、楽しくて少しさびしい気持ちが伝わってきます。かくれんぼで隠れたまま、子どもたちが帰ってしまったのに気づかず、翌朝まで田んぼのわらの中に隠れていた――という話も残っているほどです。
9. 飯乞ふと我が来しかども春の野に 菫つみつつ時を経にけり
飯乞ふと 我が来しかども 春の野に 菫(すみれ)つみつつ 時を経にけり
意味:托鉢でご飯をいただきに来たのに、春の野原ですみれをつんでいるうちに、時間がたってしまった。
本来の目的を忘れて、目の前の美しいものに夢中になってしまう。良寛のおおらかでかわいらしい人柄がよく表れた歌です。
辞世の句として伝わる良寛の言葉
「良寛 辞世の句」と検索する人はとても多いのですが、実は良寛の辞世として伝わる言葉はひとつではありません。代表的なものを紹介します。
10. うらを見せおもてを見せて散るもみぢ
うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ
意味:裏も表も見せながら、もみじの葉がひらひらと散っていく。
最期をみとった貞心尼の記録によると、良寛は亡くなる直前、この句を口ずさんだといわれます。「いいところも、だめなところも、すべて見せて生きてきた。そのまま散っていくのだ」と受け取られ、良寛の辞世として広く知られるようになりました。
ただし、この句は良寛が自分で作ったものではなく、以前からあった句を口にしたものだ、とする説もあります。
11. 散る桜 残る桜も 散る桜
散る桜 残る桜も 散る桜
意味:いま散っていく桜も、まだ咲いている桜も、いつかは同じように散っていく。
先に亡くなる人も、残される人も、いずれはみな同じ道をたどる。命のはかなさと平等さを、短い言葉で言い表しています。良寛の辞世として紹介されることが多い句ですが、良寛が詠んだという確かな記録は見つかっていません。
12. 形見とて何か残さむ春は花 山ほととぎす秋はもみぢ葉
形見とて 何か残さむ 春は花 山ほととぎす 秋はもみぢ葉
意味:私が死んだあと、形見として何を残そうか。春の花、夏の山ほととぎす、秋のもみじ。それを私の形見と思ってほしい。
財産を何も持たなかった良寛らしい歌です。季節ごとにめぐってくる自然そのものを、自分の形見にしてほしい――。この歌も辞世として紹介されることがあります。
13. 良寛に辞世あるかと人問はば 南無阿弥陀仏と言ふと答へよ
良寛に 辞世あるかと 人問はば 南無阿弥陀仏と 言ふと答へよ
意味:「良寛に辞世の句はあるのか」と人に聞かれたら、「南無阿弥陀仏と言っていた」と答えてください。
「特別な言葉は残さない」という、良寛らしいユーモアと謙虚さが感じられる歌です。禅僧でありながら念仏の言葉を選んでいるところにも、宗派にこだわらない良寛の自由さが表れています。
自分をいましめた「戒語」と、大切にした「愛語」
14. 戒語(かいご)――こんな言葉づかいはやめよう
良寛は、人を傷つけたり、場の空気を悪くしたりする言葉づかいを「戒語」として書き残しました。自分へのいましめであり、頼まれて人に書き与えることもありました。たとえば、こんな項目があります。
| 戒語 | いまの言葉でいうと |
|---|---|
| ことばの多き | しゃべりすぎる |
| 口のはやき | 早口でまくしたてる |
| さしで口 | 頼まれてもいないのに口をはさむ |
| 手がら話 | 自分の手柄を自慢する |
| 人のはなしのじゃまする | 人の話をさえぎる |
| くちまね | 人の口ぶりをまねてからかう |
200年近く前の言葉なのに、職場や家庭、SNSでもそのまま通用する内容ばかりです。「話す前に、ひと呼吸おく」。それだけで、人間関係はずっと楽になるのかもしれません。
15. 愛語――やさしい言葉には天地を動かす力がある
愛語よく廻天(かいてん)の力あることを学すべきなり
意味:思いやりのある言葉には、天地をひっくり返すほどの力があることを学びなさい。
これは良寛自身の言葉ではなく、曹洞宗を開いた道元の『正法眼蔵』の一節です。良寛はこの「愛語」の文章を大切にして、自分で書き写していました。その書が今も残っています。
「戒語」でやめるべき言葉を戒め、「愛語」でかけるべき言葉を大切にする。良寛の言葉への向き合い方がよくわかります。
良寛と一休さんの違い
「良寛さんと一休さんって、同じ人?」と思っている方も多いようです。どちらも子どもに親しまれた禅僧ですが、生きた時代も性格もまったく違います。
| 項目 | 良寛 | 一休(一休宗純) |
|---|---|---|
| 時代 | 江戸時代後期(1758〜1831年) | 室町時代(1394〜1481年) |
| 宗派 | 曹洞宗 | 臨済宗 |
| 暮らした場所 | 越後(新潟県)の草庵 | 京都など。晩年は大徳寺の住職 |
| 人柄 | おだやかで、子どもと遊ぶやさしいお坊さん | 型破りで、権力や形式を痛烈に批判 |
| よく知られているもの | 手毬、和歌・漢詩、書 | とんち話、漢詩集『狂雲集』 |
一休さんの名言は「一休宗純の名言」で紹介しています。あわせて読むと、二人の禅僧の違いがよりよくわかりますよ。
良寛の名言から学べること
- 起きたことは、まず受け止める:「災難に逢う時節には」の言葉のように、現実と戦うのをやめたとき、心は少し軽くなります。
- 足りているものに目を向ける:「焚くほどは風がもてくる」。もっと欲しいと思ったときに思い出したい言葉です。
- 言葉を大切にする:戒語と愛語。言わない勇気と、やさしく伝える工夫の両方が大切です。
- 自分らしくていい:「ひとり遊びぞ我はまされる」。人に合わせすぎて疲れたときに、ほっとさせてくれます。
よくある質問
Q. 良寛の名言で一番有名なものは?
A. 「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候」がよく知られています。和歌では、子どもと手毬をついた「霞立つ永き春日を子供らと」の歌が有名です。
Q. 良寛の辞世の句は?
A. 亡くなる直前に口ずさんだと伝わる「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」が代表的です。「散る桜 残る桜も 散る桜」も良寛の辞世としてよく紹介されますが、良寛の作だという確かな記録はありません。
Q. 「天上大風」はどういう意味?
A. 「空の上には大きな風が吹いている」という意味です。凧に字を書いてほしいと頼んだ子どもに、「高く上がるように」という願いをこめて書いたと伝えられています。
Q. 良寛の読み方は?
A. 「りょうかん」と読みます。号(別の名前)は「大愚(たいぐ)」です。
Q. 良寛ゆかりの場所は?
A. 生まれ故郷の新潟県出雲崎町には良寛記念館があります。長く暮らした五合庵は燕市の国上寺の近くに、修行した円通寺は岡山県倉敷市にあります。
まとめ
- 良寛は江戸時代後期の禅僧。お寺を持たず、越後の草庵で托鉢をしながら暮らした
- 「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候」は、地震で子を亡くした友人への手紙の言葉
- 辞世としては「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」がよく知られている
- 子どもと手毬をついた和歌や、自分をいましめた「戒語」も今に伝わる
- 一休さんとは時代も宗派も違う、まったく別の人物
何も持たず、子どもと遊び、自然とともに生きた良寛。その言葉は、忙しい毎日の中で「本当に必要なものは何だろう」と立ち止まらせてくれます。心に残った言葉があれば、ぜひ座右の銘にしてみてくださいね。
